皐月の萩@松下村塾

  • Day:2015.05.29 19:33
  • Cat:Travel
先週末は、御縁をいただき、山口県に初上陸。
吉田松陰ゆかりの地、巡礼の旅。

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まずは、松下村塾からスタート。
吉田松陰の叔父にあたる玉木文之進が、
1842年に自宅で私塾を開いたのが始まり。
後に松陰の外伯父にあたる久保五郎左衛門が継ぎ、
1857年(安政4年)に28歳の吉田松陰が引き継ぎ、主宰。

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(俸禄がある武士なので)一切月謝を取らず、誰でも無料の私塾。
吉田松陰が92名の塾生達の指導に当たったのは、わずか2年余り。
それでも、塾生、門下生からは、内閣総理大臣を筆頭に、
多くの国務大臣、大学の創業者を輩出。

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明治維新胎動の地であります。
(題字は、明治百年を記念した
当時の総理大臣・昭佐藤栄作氏によるもの)

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この地域が松本村と呼ばれていたことから
松下村塾という名になったとのことですが、
その名のとおり、松の下にある塾。

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講義の間は八畳一室。
(塾生の増加によって、十畳半と土間一坪を増築)
門下生の松浦松洞(亀太郎)の筆による肖像画が掛け軸に。
部屋に入った瞬間。
竹に記された『松下村塾聯』が目に飛び込んできました。

「自非讀萬巻書 安得為千秋人
自非軽一己勞 安得致兆民安」
(万巻の書を読むに非ざるよりは、寧んぞ千秋の人たるを得ん。
一己の労を軽んずスに非ざるよりは、寧んぞ兆民の安きを到すを得ん。」
黒船が来た際、すべてを捨て
下田踏海を試みた人の言葉だけに、含蓄があります。
まさに、知行同一の精神。27歳のときの言葉。
「そもそも吾の塾を開きて客を待つは、
一世の奇士を得てこれと交わりを結び、吾の頑鈍を磨かんとするにあり」

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不思議な御縁で、松陰神社の上田宮司様からも、
講義の間でお話いただきました。
明確な目的意識を持つことの重要性、
立志の教え、対話形式の教授法、
そして『留魂録』にみる、おのおのの四季(死期)。

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松陰神社には、主な塾生、門下生が奉斎されています。
吉田松陰生誕百八十年の現在。
五十柱が御祭神となっているとのこと。

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ガイドの方にご案内いただき、
杉家(吉田松陰の生家)、門下生、塾生の
ゆかりの場所をめぐり、団子岩、
萩市内を見はるかす丘に立ちました。

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傍らに、生涯「松陰先生門下生」と
称した人の揮毫した石碑。
初めて訪れた初夏の萩は、
翠竹蒼松の美しさ、
夏蜜柑の香りに包まれていました。
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