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東へ西へ、美に奉仕する企業 後篇。

前篇から引き続き。
いまや、ファミリー会社からグローバル企業へと
持続的に成長を遂げたSHISEIDOについて。

創業者の福原有信氏から経営をバトンタッチしたのは、三男の信三氏。
1927年に資生堂を株式会社にして、初代社長に就任。
実は、青年時代に彼が目指していたのは、画家だったそう。
少年時代から当時の一流芸術家から日本画、水彩画、油絵、そして写真の指導まで受けていたのだとか。
コチラに掲載されています)

長兄の病気、次兄の早世で家業を継ぐこととなり、現千葉大学の薬学科に進み、薬剤師の資格をゲット

その後、渡米し、コロンビア大学薬学部へ入学。卒業後、ニューヨーク郊外のドラッグストア、薬品メーカーの化粧品工場に2年間勤務。働きぶりが評価され、メーカーの社長からさまざまな化粧品の処方箋を手土産にします。

帰国後の1915年、資生堂薬局を承継。
そして、事業の中心を薬品から化粧品へと移行します。
さらに、経営全般を米国留学時代の友人・松本昇(二代目社長)に任せ、自分は商品開発と宣伝広告を担当。
1916年には当代の一流デザイナーを集めた意匠部(デザイン部)を設立
これは、モノスゴイ経営判断ですね

アール・ヌーボーを基調とする欧米風のデザインを持ち、
薬学に裏打ちされた化粧品は、オンリーワン商品。

そして、当時の日本では珍しいCI(Corporate Identity)、VI(Visual Identity)を確立
1921年には有名な五大主義が謳われます。
「品質本位主義 」、「共存共栄主義 」、「小売主義」、「堅実主義」、「徳義尊重主義」ですね。
チェインストアの導入だけでなく、自社のギャラリーまで作ってしまいます。
(現存する、日本で最古の画廊とのこと。無料です。)

「ブランドは世界で通用しなければならない」
「商品をしてすべてを語らしめよ」
「ものごとはすべてリッチでなければならない」

芸術家との交流を深め、また自らも写真家として活動した
福原信三氏が、後の資生堂の経営に残した言葉。

いまや世界の化粧品市場規模は約33兆円とも言われています。
その中で、現在世界85カ国で展開し、世界でトップ10の仲間入りをしているSHISEIDO
多くのグローバル企業と同様、現在の海外事業の売上比率は当然、国内売上を上回るそう。

化粧品もアートも、ビジネスとして求められるのは、やはりサービス精神。

世紀を超えて創業者や初代の理念、思いが伝えられていくには、
それなりの理由があるのだと改めて納得しました。

ちなみに、下記の本もご参考まで。

化粧品のブランド史―文明開化からグローバルマーケティングへ (中公新書)化粧品のブランド史―文明開化からグローバルマーケティングへ (中公新書)
(1998/04)
水尾 順一

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進化する資生堂 中国市場とメガブランド戦略進化する資生堂 中国市場とメガブランド戦略
(2010/04/21)
山本 学

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資生堂ブランド (文春文庫)資生堂ブランド (文春文庫)
(2010/07/09)
川島 蓉子

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