名古屋の異界・覚王山の「揚輝荘」

  • Day:2014.04.15 09:33
  • Cat:Travel
先週の名古屋出張の際、訪れた覚王山

名古屋市民を対象にした「住みたい街」アンケートで、
1位に選ばれるほどの人気エリア

日泰寺を参拝後、隣接した敷地にある
「揚輝荘(ようきそう)」
に目を奪われました。

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何だか心惹かれながらも迷っていると、
ガイドのおじさまが登場。
引き込まれるように中へ

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思わず京都・修学院離宮を彷彿とする
池泉回遊式庭園
「揚輝荘」は、 呉服小間物商からスタートした
百貨店「松坂屋」の初代社長である
伊藤次郎左衛門祐民によって構築された別邸
完成時の昭和14年頃には、約1万坪の敷地の中に
三十数棟の建造物が建っていたのだとか。

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こちらは、伴華楼。
「名古屋をつくった建築家」と称される
鈴木禎次(夏目漱石の義弟)により、
昭和4年に設計されたもの。

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「松坂屋」の初代社長・伊藤次郎左衛門祐民は、
一族のみならず、皇族や政・官・財・軍など
各界の要人、文化人を招き入れ、
「揚輝荘」を社交サロンに。
ビルマ(現ミャンマー)独立の父といわれる
オッタマ僧正との出会いをきっかけに
祐民はビルマ、中国、タイやインドネシアなど
アジア各国から受け容れた留学生たちを支援し、
海外の要人や留学生による国際コミュニティを形成。

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昭和9年に赴いた4カ月にわたる仏跡巡拝の
イメージを写したといわれるのが、聴松閣。
チューダー様式・中国風・インド風などがミックス。

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二階にある応接室は英国山荘風。

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地階には、インド模様のレリーフ。

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通訳として仏跡巡拝に随行した
インド人留学生・ハリハランの壁画。
ちなみに、ハリハランはアジアで初めて
ノーベル賞を受賞したタゴールの弟子。

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地下のダンスホールには、ヒマラヤ山脈の
カンチェンジャンガの雪嶺が
ガラス彫刻で描かれていました。

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展示室の一角にあった伊藤家の家訓。

「諸悪莫作 衆善奉行」

お釈迦様を含む7人の仏(過去七仏)が共通して説いた教えを
一つにまとめたとされる『七仏通戒偈』の一部で、
「自浄其意・是諸仏教」と続きます。

「もろもろの悪を作すことなく もろもろの善を行い
自ら其の意(こころ)を浄くす 是がもろもろの仏の教えなり」

庭園と建造物の一部を名古屋市に寄贈。
平成20年には、伴華楼、聴松閣など五棟の建物が
市指定有形文化財に指定され、
今では市民の憩いと交流の場に。

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フラリと偶然立ち寄った異界の異空間。
名古屋を発展させ、国際交流都市の礎を築いた人々と
その功績に、しばし思いを馳せました。

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